2011/08/30

人間の本質


 テレビで豚の処理されるのを見た。飼育された豚たちがトラックに乗せられて運ばれる。屠殺場に着くと5~6匹ぐらいづつ空間に送り込まれる。多分そこで電気で殺されるのであろう。次の映像では、死んだ豚たちがそこから転がり出てくるのだ。そして処理場へと運ばれ切り割かれ、次第にわれわれの食卓に供される切れ身へとなるのだ。私はこれを見て反射的にナチスのユダヤ人絶滅のガス室送りを思い出した。誰も調理された牛、豚、鶏を食べるときにこんな生き物の処理過程を思わないであろう。ひたすら「ヒレのステーキはおいしい。」などと料理の腕のよさを褒めつつ食するであろう。それが悪いと言っているのではない。全ての生物は食物連鎖の中で生きており、他の生物の命を頂きながら日本人なら「(命を)頂きます」と言って食事するのだ。そうしなかったら生命を維持できないことは明らかである。

 しかしである。ある時養魚場に行く用事があった。たまたまそこで育てているハマチに餌を与えていた。それが鰯だと知ったとき私はショックを受けた。私は鰯もハマチも好きである。しかし、あのおいしいハマチが鰯で育っているとは思いもかけないことだったのだ。「これはいけない!」と思った。我々はこうも贅沢な育て方をされた生き物を食べているのだ!「この鰯は飢えている人々のものだ」そう思った。

 今東アフリカでは1300万の人々が飢えで毎日亡くなっている。それをどうしてくれる。われわれの飽食は明らかに行き過ぎではないか。又別な時テレビで、ワルシャワの旧ユダヤ人ゲットーの記念碑の前で思わず膝を折って謝罪するドイツのブラント首相の姿を見た。私もポーランド訪問の最後にその同じ場所に夕方たどり着いたとき、思わず号泣してしまった思い出がある。人は何故かくも簡単に同じ人類を殺すのか。歴史を紐解くとどれだけ無辜の人々が過去に殺されてきたことか。同じ生物が同類を殺す例は無くはないが、人間ほど無数に同じ人間同士で殺し合いをしてきた生物は他にない。

 コマーシャルに出てくる可愛い豚ちゃんが人間の吹き替えでお喋りをしている。彼も亦成長したら人間に食べられる運命にあるのだろう。人類ほど過酷に人間の命を、他の生物の命を奪い去る生き物はない。地球の生存の条件を破壊しているのも人間ではないか。かくして人間ほど最低の生き物はいない、と言うのが私の結論である。


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