2013/09/21

■マララちゃん


パキスタンの少女マララ・ユサフザイちゃんが、アルカイダのテロ集団に襲われ、頭部を銃撃されたのは15才の時だった。彼女が「女性にも教育を」と訴え続けたのが、イスラム過激派のアルカイダに面白くなかったのだ。彼女は脅迫を受けてもコンピュータを駆使して自分の意見を述べ続けた。

そこで、学校の通学バスの中で襲われたのだ。幸いイギリスの病院で手当を受け、命を取り留めた。彼女の16才の誕生日の7月12日ニューヨーク国連本部に招かれ演説をした。国連はこの日、同世代の青年たち500人を世界各地から招いた。

私は可憐な少女が臆せず、堂々と自分の考えを述べる姿を偶然テレビで見た。彼女は準備した原稿をほとんど見ることなく、聴衆に向かってよどみなく意見を述べた。こういう時の癖らしく、時々熱してくると右手を上げ、指を一本立てて強調するのだった。私は彼女の話を聞きながら、涙が出るのを禁じ得なかった。
「一本のペン、一冊のノートでいいのです。子どもたちに与えて女性にも教育を受けさせるべきです。」そのくだりが、この日の彼女の話の山場だった。

未だ国が不安定なアフガニスタンと国境を接し、その影響を絶えず受けているパキスタンである。ビン・ラーディンが隠れ家を突き止められ、殺されたのもパキスタン北部であった。パキスタンも政情不安定で貧しい。こうした厳しい環境の中では極端なテロに走る過激派が出やすい。ウィーンにいると、中近東、アフリカのニュースがない日は考えられない。そこでこういう出来事は対岸の火事として、傍観する気になれないのである。

インド独立の父ガンジー、南アフリカの人種差別と戦い続けたマンデラたちは、迫害に屈せず、言論で戦い続けた。マララちゃんの戦いも暴力に向かっての言論の戦いである。厳しい環境だからこそ、こうした光る存在が胸を打つ。マララちゃんにアルカイダは依然として脅迫を続けている。彼女は立派な教育を受け続け、世に出たら必ずや大きな存在になるであろう。

翻ってわが国の青年たちにそういう志を持ったものがいないだろうか。いや、必ずいる。わが国は恵まれており、平和だから、優れた素質を持つ青年たちは、学問の世界で世界的業績を上げたり、文化で世界に注目されたりしているのだ。ただ、明治維新の時のように国家大変革の時と違うから、ラマラちゃんのような方向で、その存在が知られたりしないだけのことである。
才能を持つもの、志を持つものは世界いずれの地域にもいる。願わくば、マララちゃんが安全で、己の主張を通し、夢と希望を実現できる日が来ることを祈るばかりである。


logo
deco
sakai.at